英国政府 2024-2025年予算案発表

18 November 2024

 

英国初の女性財務大臣となったレイチェル・リーヴス氏は、労働党にとって14年ぶりとなる予算案を発表しました。今回の予算案の主な目的は、安定した経済環境を作り、景況感を高めること、そして持続可能な経済成長を実現するため海外からの民間投資を奨励することにあります。

予算では、インフラ、住宅、研究開発に重点を置いた政府支出の増加(年間GDPの2%)が計画されています。これらの支出を賄うため、増税(特に社会保険料雇用主負担とキャピタルゲイン税)が行われるとともに、借入金も増加することになります。財務大臣は、これが財政と経済の安定への道であるという考えを示しました。

また政府は、先端製造業、クリエイティブ産業、クリーンエネルギー、防衛、デジタル・テクノロジー、金融サービス、ライフサイエンス、専門・ビジネスサービスの8つの主要セクターに重点的に投資すると発表しています。

Photograph of buildings in the City of London

政府投資の焦点

政府支出は今後5年間、平均して年間GDPの約2%のペースで増加する見込みです。支出の3分の1は、運輸交通、住宅、研究開発(R&D)などへの投資に、3分の2は、政府の日常的な支出に充当される予定です。

 発表された主な投資イニシアチブは以下の通りです。

 

インフラプロジェクトを中心とした投資を強化

英国政府は、長期的なインフラプロジェクトに投資し、民間投資を呼び込む目的で、National Wealth Fund(NWF)を設立しました。既存のUK Infrastructure Bank (UKIB)拡大してNWFと改称し、58億ポンド(約1兆1,300億円)の追加資本を投入します。この投資から得られるリターンで政府借入金を相殺し、2029/30年までに年間最大1億3,500万ポンド(約266億3,000万円)の政府債務を削減することが期待されています。

 

都市計画制度の見直し

英国では長年に渡り、複雑な都市計画制度が投資やプロジェクトの進捗を妨げていると言われてきました。政府は、インフラプロジェクトを加速させるため、都市計画制度の合理化を進めており、すでに6つの国家的重要インフラプロジェクトが承認されました。

 

科学技術

2025-26年度の科学技術研究開発予算は204億ポンド(約4兆113億円)で、うち61億ポンド(約1兆2,000億円)が基幹研究に充当されます。さらに、新たなR&Dミッション・プログラムに2500万ポンド(約49億1,600万円)が計上されています。 ホライゾン・ヨーロッパ研究プログラムへの参加継続、ライフサイエンス・イノベーションを推進するための国立医療・介護研究機構(National Institute for Health and Care Research - NIHR)への継続的支援、核融合の研究、AI機会創出に向けた行動計画(AI Opportunities Action Plan)の立ち上げ、公共データの活用に向けた国立データライブラリーの創設などが約束されました。

 

エネルギーとグリーンテクノロジー

炭素回収・利用・貯蔵(CCUS)プロジェクトに39億ポンド(約7,669億円)、グレート・ブリティッシュ・エナジーに1億2500万ポンド(約246億円)、サイズウェルC原子力発電所に27億ポンド(約5,300億円)が充当されます。 さらに34億ポンド(約6,683億円)が暖房の脱炭素化とエネルギー効率の改善に投資され、うち18億ポンド(約3,538億円)は燃料貧困対策に充てられます。 政府は、洋上風力発電プロジェクトを支援するため港湾インフラに1億3400万ポンド(約263億円)、産業界の脱炭素化を支援するために1億6300万ポンド(約320億円)を投資します。さらに、再生可能エネルギーを活用した電解水素製造契約の第一ラウンドに資金が提供されることにもなりました。 その他、イングランドの持続可能な農業に50億ポンド(約9,828億円)、植林と泥炭地の回復に4億ポンド(約786億円)、洪水回復対策に24億ポンド(約4,714億円)を投資することも発表しました。

 

電気自動車

政府は、2035年から英国で販売されるすべての新車とバンをゼロ・エミッションにすると改めて表明し、EVへの移行を促進するため、2025-26年に2億ポンド(約394億円)以上を投資してEV充電ネットワークを拡大する計画を発表しました。 さらに、EVバンや車椅子対応のEV購入支援に1億2,000万ポンド(約236億円)が充当されます。 EVの普及をさらに促進するため、電気自動車の購入と充電ポイントの設置に対する減税措置が延長されることにもなりました。

 

経済予測

英国の2024年秋季予算では、GDPは今後数年間上昇するという経済成長期を予測しています。しかし、政府支出増加と増税はインフレ率上昇へつながります。英国予算責任局OBRの経済予測は、イングランド中央銀行や他の予測機関よりも楽観的なものになっており、政府の追加借入は一時的な景気浮揚をもたらし、実質GDP成長率は今年の1.1%から来年は2%に上昇するとしています。しかし、生産水準はほぼ変化しないとも予測されており、したがって予算の効果は限定的であると見られています。

 

OBRは財政見通しで、予算の財政緩和により2025年のGDPは一時的に0.5%押し上げられるものの、金融政策と物価上昇により民間支出が押し下げられるため、その効果は2030年までに薄れるであろうとも述べています。

Bar chart of fiscal policy impact on GDP over time.  Y-axis is in percent from -0.3 to + 0.7.  X-axis is in years from 2024 to 2030

Source: Office of Budget Responsibility

この度発表された予算では、公共投資の増加により潜在生産高を0.1%押し上げる効果がありますが、社会保険雇用主負担増の影響で、雇用と潜在生産高は0.1%減少すると見られます。

公共投資の増加は企業投資を抑制するため、生産高を0.2%減少させることになります。当初はGDPを押し上げる効果が期待されるものの、長期的な効果は見込めないでしょう。

OBRは、現在の政府投資を2030年以降も延長すれば公的ストックが増加するため、2030年代前半には英国のGDPにプラスの影響を与える可能性があると示唆しています。

主な税制改正

財務大臣は、年平均GDP の 1%強にあたる 362 億ポンド(約7兆1,300億円)の追加歳入をもたらす一連の税制改正を発表しました。

  • キャピタルゲイン税(CGT)の税率引き上げ: CGTの主な税率は、それぞれ10%から20%へ、18%から24%へ引き上げられました。
  • 非居住者税改革: 英国非居住者に対する送金主義を廃止し、居住地主義に変更した。
  • 社会保険料雇用主負担の引き上げ: 社会保険料雇用主負担は 1.2 %引き上げられ て15%となり、雇用主が 社会保険料雇用主負担を支払い始める最低給与額は年間 9,100 ポンド(約180万円)から 5,000 ポンド(約98万円)に引き下げられました。
  • 相続税(IHT)の変更: 未使用の年金ポットにも 相続税が適用されることになり、農業用不動産の軽減措置と事業用不動産の軽減措置が変更されました。

産業界は、リーブズ氏が予定している税収の大半を占める社会保険料雇用主負担の引き上げは、企業にとっては非常に厳しいものであると警告しました。 英国商工会議所のシェバン・ハビランド事務局長は、財務大臣の予算発表を受けて次のように述べました。 「中小企業に対する一定の保護措置は歓迎されるが、社会保険料の雇用者負担の引き上げは、企業にさらなるコスト負担を強いることになる。これは、国民生活賃金の6.7%引き上げと相まって、多くの企業の短期的な投資や採用を抑制することになる。」と述べました。 企業のコスト増は最終的に消費者に転嫁される可能性があるため、インフレ率は短期的に高止まりすると予測されています。

 

新しい財政ルール

財務大臣は追加借款を可能にするため、2つの新しい財政ルールを導入しました。

1.経常予算、つまり日々の支出と歳入の差額は黒字にし、政府は投資のためにのみ借入を行う。

2. 政府の負債と金融資産の差額である純金融負債は、対GDP比で減少させる。 このルールは、政府債務について従来の政策よりも広範な定義を用い、政府の債務およびその他の金融負債から流動性金融資産を差し引いたものを測定する公的部門純金融負債(PSNFL)として知られている。 また、保有株式や貸付金などの非流動性金融資産も認識され、これらはバランスシートの指標を計算するために負債から相殺される。 つまり、借入コストを上回るリターンをもたらす金融投資は、債務負担を軽減することになる。

 

英国予算責任局OBRは、2024/25年の政府借入金が大幅に増加し、1,270億ポンド(25兆円)に達すると予測しています。その後の借入れは減少すると予想されるものの、以前の予測に比べれば高水準が続くとみられます。この増加は主に、政府支出の増加が税収を上回るためで、GDPに占める政府債務の割合は短期的には若干上昇するものの、その後安定し、徐々に低下すると予想しています。

弊社の見解

私たちが行った政府高官や産業界のリーダーへのヒアリングからは、新政府は前政権に比べると、産業界と緊密に連携しようとしているという印象を受けています。 予算案で説明されているように、投資は英国の技術および産業の強みのカギを握ると見られる分野に集中しており、政府は特に特定した産業部門の枠組みの中で安定した投資環境を確立する意向であることが伺えます。

しかしながら、今回の予算では企業への負担増となるため、政府の思惑通りに経済刺激策になるかどうかは疑問に感じます。

なお、政府は今回の予算発表に先立ち、10月24日に「2035年投資:英国の現代産業戦略」のコンサルテーションを発表し、広く業界からの意見を求めています。 産業戦略は、重点分野とともに2025年春に最終決定が発表される予定です。

私たちは、今後、予算と産業戦略が英国経済と企業に与える影響と、新政権が前政権と異なる成果を出せるかどうかを、特に注視して参ります。

英国政府予算発表資料 https://assets.publishing.service.gov.uk/media/672232d010b0d582ee8c4905/Autumn_Budget_2024__web_accessible_.pdf

 

英国予算責任局 2024年10月発表 経済および財政展望

https://obr.uk/docs/dlm_uploads/Presentation_slides_October_2024.pdf

 

2035年投資:英国の現代産業戦略 オープンコンサルテーション

https://www.gov.uk/government/consultations/invest-2035-the-uks-modern-industrial-strategy/invest-2035-the-uks-modern-industrial-strategy

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